2020年1月13日月曜日

護憲派の不十分性


護憲派と改憲派の論争で、護憲派は、東京裁判と類似の基盤に立ち、日本軍国主義を批判
しますが、これは、いわば、戦争の勝者という「よそ者」の立場からの批判であり、それ
だけでは、内在的主体的批判にはなりえません。それゆえに、安倍氏ら靖国派は激しく反
発します。
私は、「私たち日本人は、いつどこで、道を誤ったのか」という問いかけ、をすることか
ら始めようと思います。しかし、ここにも、ジレンマがあります。「私たち日本人」とい
時、侵略戦争をした支配者と、被支配の側の国民と一緒にすることで、支配の側を免罪
るという批判を受けます。しかし、私の問いかけは、当為や規範としての「戦争責任
論」ではなく、歴史科学としての、「戦争原因論」です。
私は、東京裁判のように、勝者の側から戦争を評価するのではなく、原因論から戦争を客
観的に理解したいのです。それは、明治から敗戦までの欽定憲法時代とは何だったのかを
知る必要があります。そのためにこそ、今まで、明治維新を近代化革命というスタート地
点としたのです。(続く)


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